米国ロースクール事情

米国ロースクール卒業生の就職事情

米国ロースクール2007年度卒業生の就職状況について、The National Association for Law Placement (“NALP”)からデータ(American Bar Associationの全米法曹協会公認の186校の2007年度ロースクール卒業生40,416名が対象)公表があった。年度後半からサブプライム問題で景気が減速したがそれまでの好況に支えられて就職率は、過去20年間で最高の92%に達したとのことである。NALPのデータによれば

55.5%の卒業生が弁護士事務所に就職し、ビジネスには14.1%、ロークラーク(米国では成績優秀な卒業生が就く)、政府機関、公益団体などの公共部門に27.3%が就職した。米国の州ごとの司法試験制度と我が国の司法試験制度は異なるが、就職にあたり採用側から州の司法試験合格を要求される場合が76.9%、司法試験合格は要求されなくてもロースクール卒業資格が要求される場合が7.7%であった。なお、米国の弁護士の職種間の流動性は高く、弁護士事務所からビジネスへ、政府機関から弁護士事務所やビジネスへ、あるいは、その反対方向への移動も珍しくなく、キャリアとして最初の選択が一生続くとは限らないことに注意しなければならない。

それでは、ロースクール卒業生の初任給はどうなっているのであろうか。同じく、NALPのサーベイによれば弁護士501人以上の弁護士事務所の2007年の初任給の平均は145,000ドルで一年前より1万ドルの増加となり、特にボストン、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シリコンバレー、ワシントンDC、ニューヨークの大都市では160,000ドルを超えている。最も初任給の高いのはロースクール卒業後連邦最高所裁判官のロークラークになり、その後弁護士事務所に就職するもので、年俸初任給265,000ドル以上といわれている。もっとも米国のロースクール卒業生全てがこのような高額の初任給の職を得られるものではなく、2006年度統計によればロースクール卒業生の初任給は二極化している。すなわち、ひとつ平均分布の山は初任給45,000から55,000ドルであり、もう一つの山は135,000ドルから145,000ドルで、グラフに表せばふたこぶラクダのようである。後者が大都市圏の大規模弁護士事務所の初任給で、前者はそれ以外、特に公共部門での初任給である。こうしたロースクール卒業生の初任給の極端な2極化は2000年までには米国でも存在していなかったことが統計に表れている。但し、初任給給与レベルは米国弁護士事務所では高いものの弁護士間の競争は激しく、大規模事務所ではパートナーになるのに約7年間かかり、パートナーになれる確率は弁護士事務所にもよるが概ね7分の1である。即ち、入所後7年経過してみれば同期のアソシエイトの7人に6人は事務所を去っているということである。

弁護士間、弁護士事務所間での競争を嫌う我が国の風土ではこうした米国のような状況にはならないのかもしれない。しかし、米国では競争を通じてより質の高いリーガルサービスを提供できる弁護士事務所が生まれているのはまぎれもない事実である。NALPのデータからもわかるように一方ロースクール卒業生が、公共部門等弁護士事務所以外の社会の多様な分野に進出し、社会の様々なニーズに応えていることも事実である。例えばハーバードロースクールでは毎年9から12%の卒業生が社会的活動分野に進んでいる。民主党のバラク・オバマ米国大統領候補は、ロースクール卒業後まさにこうした経歴を辿ってきた。


(2008年2月15日現在)
出典: www.nalp.org ”2008 NALP Class of 2007 Selected Findings

 

変化する米国ロースクールの教育現場 ~ソクラテスメソッドから実務教育重視へ~

1.背景

米国のロースクールでは、19世紀Harvard Law SchoolにおいてChristopher Columbus Langdellにより始められたソクラテスメソッドまたはケースメソッドと呼ばれる方法による法学教育がモデルとなり長年にわたり全米で行われてきた。しかし、米国では1970年代以降法曹の大増員時代を迎え、社会での新しい法的ニーズの拡大と法的問題の複雑化、文化的多様化の進展などにより法曹を取り囲む環境が大きく変化し、実務で法曹に要求される資質・能力とロースクール卒業生の資質・能力とのかい離が大きくなってきている。実務界からは、ロースクール卒業生に法曹としての基本的スキルが十分でないことへのロースクール側への不満が高まり続け、一方、ロースクール側からはロースクールは法曹としての考え方を身に着けさせる場であり、職業的技術は実務現場で身に着けさせるものであるとの実務界への反発がある。更に、新たな問題として法曹としての従来型のプロフェッショナルとしての規範(守秘義務、忠実義務、および利益相反禁止)が、法律業務のサービス産業化等により変容を受けてきている問題も浮かんできた。ただ、こうした実務とロースクール教育とのかい離やプロフェッションの変質により一般社会の法的サービスの利用者が被害を受けるのであり、このかい離問題を解決するため新人法曹としてどのような資質・能力が備わっているべきか、ロースクールでどのような教育が行われるべきかを明らかにするプロジェクトがthe American Bar Associationによって行われた。これが1992年に発表されたいわゆる「マクレイトレポート」1である。マクレイトレポートでは法曹として備わっているべき10の技術(スキル)と4つの価値規範(ヴァリュー)を提示した。このレポートは、これまでソクラテスメソッドで漠然と行われていたロースクールの教育への質的な指針を示すものであり、ロースクール関係者はもとより法曹各関係者から賛否多数の意見を呼ぶことになった。更に、その後、米国社会は変化を続けておりマクレイトレポートの内容では指針として不適合になってきたため、マクレイトレポートを受け継ぎ2007年にRoy StuckeyによりBest Practices for Legal Educationが発表された。この提言ではいわゆるロースクールで行われてきたソクラテスメソッド・ケースメソッドが必ずしも法曹に求められる資質・能力を身に着けさせるに最善とは限らないことを指摘し、ソクラテスメソッド・ケースメソッドの割合を減らし、実務教育(エクスペリメンタルコースと呼ばれ、クリニカルプログラムともいう)をロースクール教育に積極的に取り入れるほか、多様な教育方法を新しく取り入れることを提言している2。The American Bar Associationもこうした動きに応じて幾度かの修正を経てロースクールの認証基準の中にロースクールが実務教育を取り入れていることを要件にしている3。世界的にみても法曹養成にあたり法律知識を身に着けるだけでなく、法曹の実務能力としてout putができるところまで能力を身に着けることが法曹教育の主流になってきており、米国の最近の動きはこうした潮流を表している。

一方、こうしたロースクールにおける法曹養成の質の改善という実務的な要請とは別に、ロースクールでは1970年代以降、各ロースクールでクリニカルプログラムによる教育が定着してきた。特徴的なことは、これらのクリニカルプログラムが1960~1970年代の米国の社会問題を背景に進められてきたことである。もともと米国の法曹教育は、ロースクールが法曹教育を担う前にはapprenticeという徒弟制度により行われてきたが教育というレベルのものではなく、クリニカルプログラムはそれとはまったく異質なものである。クリニカルプログラムが米国で定着していったのにはフォード財団の財政的支援によるところが大きいが、クリニカルプログラムを実際に進めていったのは、America Civil Liberties Union (ACLU) やThe NAACP Legal Defense Fund (LDF)など非営利団体で公益活動を行っていた弁護士達であった。彼らはロースクールが一般のリーガルサービスを経済的な理由で受けられない社会的弱者への支援を果たすべきであるという理想をもっていたためプログラム内容も社会的弱者を対象とすることが多かった。従来型ロースクールのソクラテスメソッドを主流とする教育制度からは見れば、彼らは異端でマイノリティであったため、各ロースクールで当初はクリニカルプログラムの定着に相当な抵抗に会い、処遇もめぐまれなかった?。彼らはclinicianと呼ばれ、自らもそう名乗っているがクリニカルプログラム導入時の過去の経緯を反映している。しかし、公益活動に在学中から触れさせることができ法曹(リーガルプロフェッション)として社会問題の理解や倫理規範を身に着けるには極めて有効であり、the American Bar Associationの支援もありクリニカルプログラムは全国のロースクールに定着していった。
特に最近の大事務所を中心とする弁護士業務のサービス産業化はプロフェッションの理念を揺るがすようになっており、クリニカルプログラムが、学生に社会的弱者や地域社会へのサービスを通じて、プロフェッショナル像を在学中に明確に理解させる大切な役割を果たすものと期待されている。The America Bar Associationも認証基準の中にロースクールが学生にプロボノ活動を経験させることを奨励しているが、ロースクールのクリニカルプログラムがこうした活動への機会となっている。

以上のように、極めて現実的な要請と極めて理念的な要請があり、2つの異なるルートが交錯し合い、実務教育やクリニカルプログラムがロースクール教育において定着している。

2.クリニカルプログラムの目的・内容

現在、米国のロースクールで行われているクリニカルプログラムの形態としては、インハウスクリニック、シミュレーション、および、エクスターンシップの3つがある。インハウスクリニックは、ロースクールの中、または付帯する施設で行われ、ロースクール教員が学生に直接法律実務を通じ教育を行うもので、教員が弁護士業務を行う。学生の指導を直接できるメリットがあるが受け入れ人数は制約される。エクスターンシップは、第三者受け入れ先の弁護士や裁判官などが自己の業務を行う過程を通じ学生を教育する。ロースクール教員は直接実務に関与しないが間接的に教育内容の質をコントロールし、モニタリングすることになる。受け入れ先は、法律事務所、裁判所、行政機関、公益団体など極めて多様であり、インハウスクリニックにない教育が可能となる。シミュレーションは、学生は直接生の実務に触れることはないが、教室において学生に実務類似の体験をさせることにより、事実上前二者と近い体験を可能とする。インハウスクリニックやエクスターンシップでは受講人数が大きく制限されるが、シミュレーションはある程度多数の学生も教育可能なことから並行して活用されている。また、シミュレーションやロールプレーなどの教育手法は、クリニカルプログラムだけではなく通常のソクラテスメソッド・ケースメソッド利用のクラスでの一部にも取り入れが可能であり、教育方法としても有効なことから各ロースクールで導入が進んでいる。

3.実務教育の有効性

まず、米国のロースクールの教育方法として100年以上続いてきたソクラテスメソッド・ケースメソッドにつき反省課題が何故でてきたのか?ロースクールを卒業し法曹になる人口は一貫して増加し続けてきた。ソクラテスメソッド・ケースメソッドは教室において、まったく法律を学んだことのない学生を対象にして教授と学生の間の対話を通じて法律家としての考えを身に着けさせるのだが、多数の学生を対象としてはその間他の学生は受動的にやり取りを聞いているだけで能力の獲得度は必ずしも高いとは言えない。また、当該学生も教授から的確なフィードバックを得られているとは言えない。また、教材はあくまで上級審の判例であり、事実関係が整理された形になっているため、学生には実務での事実関係の複雑性は理解されないことが多い。また、裁判官としての考え方を身に着けるのには有効だが、現実の法律業務の遂行場所は法廷を離れ、実務で期待される資質・能力とは必ずしも一致しない。即ち、弁護士業務は1980年代以降大きく変化しており、特に、訴訟業務が中心業務の座を離れ、非訴訟業務が拡大し、また、弁護士と依頼人との関係は個人を離れ、弁護士事務所と組織の関係に変わってきているのである。そのほか様々な問題が明らかにされているが確固として続いていたソクラテスメソッド・ケースメソッドの見直しをロースクールが迫られるほど、ロースクール教育とこの20数年で大きく内容が変化した実務とのギャップが看過できぬほど広がったということは注目されるべきであろう。特に、米国ロースクール卒業生の実に5割程度しか弁護士事務所に就職せず、多様な職域に進むようになっていることも今後のロースクールの教育の変革に影響を与えるであろう。勿論、ロースクール入学後の最初の1年で学習する基本科目の習得には依然、ソクラテスメソッド・ケースメソッドの有効性は失われてはいないと考えられている。

米国のロースクールでの実務教育を理解するにつき、我が国の法曹養成制度との違いに注意を払う必要がある。米国ではロースクール卒業後各州の司法試験(Bar Examination)を受験し法曹資格を得るが、司法修習という制度はない。法学部教育もないので事実上まったく法律学を学んだことのない学生を3年間の間に育て、7~8割の高い合格率の司法試験で実務界にそのまま送り出しているのである。では質の担保は事実上どう確保されているのか? 実際の新人法曹の実務教育は、弁護士であれば各弁護士事務所、企業、官公庁など採用先がオンザジョブやインハウストレーニングで行う。事実上ロースクール卒業生の弁護士事務所採用のうち大規模弁護士所が卒業生の約3~4割を受け入れており、そこで訓練された弁護士が事務所内競争を経ながら他の事務所や企業などに移動している。一方、訴訟業務を希望するロースクール生は、ロースクールの成績次第だが連邦や州の上級裁判所でのロークラークとなり、それぞれの裁判所で訴訟実務の経験を2,3年積み各弁護士事務所に移籍していく。制度的に司法修習はないものの少なくとも2~3年は法曹としての実務能力を就職先で高める社会的システムが存在している。この大事務所での新人弁護士教育システムは、1920年代ウォールストリートの著名弁護士事務所Cravath, Swaine & MooreのPaul D. Cravathにより確立された。この方式では、新人弁護士は、弁護士事務所に従業員として雇用されパートナーの指揮監督の下で業務を行い、給与の支払いを受ける。独立して個人受任はできない。新人弁護士の育成は、パートナーの指示・監督のもとに依頼人の業務に関与しオンザジョブで行われる。依頼人は、新人弁護士が実務に加わることでかかる費用(もちろん時間制の報酬レートは低額にはなるが)を負担する。弁護士事務所にとり依頼人負担で新人弁護士が短期間にオンザジョブで育成できるメリットがあるが、あくまで、当該弁護士事務所に競争力があり、依頼人が新人育成費用を反映した高額な弁護士費用でも質が高くて納得し支払いに応じることが前提である。このシステムは、ウォールストリートの弁護士事務所にとどまらず全米の大事務所に広がり慣行として定着した。一流大事務所でこうした訓練を受けた弁護士は、経験値が高く市場価値が高くなり転職も容易になる。一流ロースクールもこうした大事務所へ自分の卒業生を送り出すことを重視し、この育成システムの一環を担ってきた。但し、最近は、リーマンショック後の景気低迷を受け、依頼人(企業)と弁護士事務所の間の力関係が変化してきており、依頼人・企業がこうした新人弁護士の育成費用を反映した高額な弁護士料にクレームをつけるようになってきた。このため、実務界からは、即戦力の高い資質・能力をもった卒業生の供給をロースクールに求めるようになってきた。

ロースクール卒業生が、実社会に入るときに要求される全てのスキルを水準以上必ず持っているということを確保するのは現実的に不可能である。実際には、ロースクール卒業生は法曹資格を得てしばらくは先輩等からの指導を得て実務能力をつけるのであり、さらに、その後30年、40年と実務を行うのである。ロースクールとしては、学生に法律家としての考える力をつけるほか、卒業後も継続的に法曹としての能力を高めるべく学ぶ能力をつけることが重要なのである。こうした能力は、ソクラテスメソッド・ケースメソッドのみではなかなか身につかない。そこで実務教育が注目されるのだが、なぜ実務教育が有効なのであろうか。クリニカルプログラムをロースクールで1970年代から始めたclinician達は、自己のロースクールでの存在意義を証明するため様々なデータを集積し、その有効性につき論証してきた?。法律学の習得の観点からのみならず、専門職養成として確立している医学教育、社会心理学や教育学まで幅広い観点からの検証がなされてきている。例えば、成人教育で有名なMalcom S. Knowlesの理論から、ロースクール生はすでに職業専門人としての成人とみなし、成人の学習形態の特徴を活かし、自ら参加させることにより自己学習の動機付けをし、役割の経験を通じることで学習の完成度を高める、教育内容を将来の社会的職業に直結させる等、ソクラテスメソッド・ケースメソッドで教える側と教えられる側の一方的関係の見直すことも提案された?。

理論的な実務教育の有効性の説明はともかく、実際に実務教育が効果を発揮していることは認められ、内容の差は大きいものの確実に全米のロースクールに広がっている。基本的な法曹としての資質・能力についてロースクールで教育されてもそれらが現実に発揮されることには必ずしもつながらない。明認知としての知識は十分でも現実の行動で活かせる能力はあるのか、さらに、将来にわたりその能力を高め続けられるのかが問題である。世界的にみても法曹教育にはout put を求めるようになってきている。具体的な効果事例は以下のようにいくつか指摘されている?。

1. 実務を体験することで法曹としての自己認識をすることができ、将来にわたっての自己学習能力の向上につながる。
2. 実務経験では法曹としての現実の判断がその時点、時点で求められ、その判断により依頼人に対し影響が及ぶことを現実視できる。
3. 事実関係が整理されない状況で問題解決を体験することで、将来実務に入った際の問題解決能力を高める契機になる。
4. 依頼人との関係の理解やその他関係者など多様で多数の人間関係の中に入ることで対人関係および集団内での対応・協調能力が高まる。
5. 教室で学んだ知識を実際の実務で使い、それらが実社会とどのような関係を持つのか、どの位のレベルが要求されるのか実務を通じ理解することができる。
6. 行政、経済界など社会の様々な組織と司法との関係、法曹の機能および限界を知ることができる。
7. 法曹倫理に係る問題が現実の実務の中でどう表れてくるのか具体的に経験し、理解できる。
8. 実務を通じて時間や費用などのマネージメントをすることが求められることを学ぶことができる。
9. 法曹としての社会的使命、社会的振る舞い方、あるべき人格、人間関係などを知ることができる。
10. 実務を通じて社会的弱者や地域社会の法的問題に触れることで法曹の社会的役割につき理解できるようになる。

4. 実務教育の課題

実務教育が法曹教育の一部として認識されてきてはいるが、実際にはロースクールの全体のカリキュラムの中の割合では依然マイナーな立場にある。まず、ロースクール入学後1年間ずっとソクラテスメソッド・ケースメソッドになじんできた学生にもどのような違いがあるのか理解されていない。一番大切なことは、実務教育(特にクリニカルプログラム)では、学生自らが主体的に教育に参加することが求められ、教える側と一体になり協同して教育目標を達成するものであり、従来型の教育方法と参加の形が大きく異なる。受講する学生が違いを理解しないまま受講し、内容に不満を持ってしまう場合も多いようである。

そのほか実務教育に係る問題はいくつかあげられるが、例えば、クリニカルプログラムはその性質から多数の学生の受け入れは困難である(the American Bar Associationも実務教育をすべての学生に受講させることは要求していない)。当然、全学生に対するクリニカルプログラム受講者は極めて少数に留まる。その維持にかかる費用も高額になるので教室での教育と比べると費用対効果からあまり魅力的ではない。
また、その実効性を上げるためにはクリニカルプログラムの体制作りをしっかりしないと単なる体験に陥ってしまい教育の成果は上がらない。Education(教育目的をもって行われる) とLearning(教育目的のない自己学習)とは異なるのであり、それぞれのプログラムに明確な達成目標を上げ学生に認識させることが必要であり、逐次、進行に従い、達成度や発生する問題につき学生にフィードバックと改善の指示が必要となる。特にエクスターンシップでは、こうした方法を確実にするためエクスターンシップ先との密接な連携が必要となる。また、実務教育を行うことで最も成果の上がる科目につき実施する必要があり、適切な事例を体験させる必要がある。当然、教える側の負担は、ソクラテスメソッド・ケースメソッドと比べ大きくなる。また、例えば、ニューヨーク州ではロースクールの学生が法廷活動に裁判官や弁護士の監督の下に参加する場合には3年生以降である要件があり期間の制約を受ける。
また、せっかくクリニカルプログラムで公益活動を経験しても実際にロースクール卒業後公益関係の職に就くものは、報酬の低さから極めて限られているのが現実である。理由は、多くの学生が在学中に多額の教育ローンを借り入れるため返済できなくなるであり、これに対しロースクール等が公益活動に進む学生に財政支援する場合もある。

様々な問題はあるものの、ロースクールにおける教育の変革は、ロースクール教育と実務とのギャップを埋めること、及び、あるべきリーガルプロフェッションの育成という明確な目的意識をもった関係者の努力により実務教育導入を通じ着実に進んでいる。 一方、American Bar Associationや各州の弁護士会、司法・行政機関、公益団体などがこうしたロースクールによる実務教育の推進を批判も交えながら手厚く支援していることも注目される。こうした教育環境の中で、ロースクール在学中に法曹としての考え方を身に着けるに留まらず、自ら法曹として意識する機会を持つことは学生にとり将来に向けての極めて貴重な体験になっている?。

5. 我が国の法科大学院教育の参考事例として

我が国の法曹養成制度は、実質、司法試験で知識レベルを担保し、司法修習で法曹としての実務能力を担保していて、法科大学院が一体どこまで学生に対して法曹としての準備をする責務があるのであるのか曖昧である。現状では法科大学院在学中には司法試験の負担が大きすぎ、司法試験受験のレベルに達する基礎的能力をつけるのに学生も手一杯で法曹としてのスキルや倫理規範を身に着ける余裕がない。医学部に入学すると医師の卵とみなされるのと違い、司法試験制度のため法科大学院に入学しても法曹の卵と社会から認識されないし、本人の意識も司法試験の先の実務に向いていかない。これでは、法科大学院では実務につく法曹としての準備もできないし、質の高い法曹は生まれにくくなるであろう。司法修習が1年になっていて実務準備期間が極めて限られ、多数の修習生が存在する現在、これでは実務界(いわゆる法曹三者以外の職域からの要求もあろう)からの要求レベルとのギャップが広がってしまう。法科大学院は、司法制度改革の原点に立ち返り専門職養成大学院としての機能を果たせるよう、米国の実務教育で試みられている学生にできるだけ実務に近い環境で主体的に学ばせる多様な教育方法を導入することで法曹としての精神的準備と学習への動機づけを図ることが大切ではないだろうか。法科大学院が、明確に法曹養成の目的意識をもって司法試験の先を見越した人材教育を行わなければ、法科大学院制度は予備試験制度と大差のないものとなってしまうであろう。

※出典
1. Legal Education & Professional Development-An Educational Continuum, ABA section of Legal Education & Admissions to the Bar (July 1992)
Robert MacCrete, Yesterday, Today and Tomorrow: Building the Continuum of Legal Education and Professional Development, Clinical Law Review, a Journal of Lawyering and Legal Education, p 811~813 Vol.10/No.1 (2003)
2. Roy Stuckey and others, Best Practices For Legal Education: A Vision and A Road Map (2007)
3. 2012-2013 Rules and Standards of Procedures for Approval of Law Schools, Standard 302 (b)
4. Philip G. Schrag & Michael Meltsner, Reflections on CLINICAL Legal Education, (1998), p 3~17
5. Frank S. Blocch, The Andragogical Basis of Clinical Legal Education, 35 Vand. L. Rev. 321 (1982)
6. Association of American Law Schools, Section on Clinical Legal Education, Report of the Committee on the Future of the In-House Clinic, 42 J. Legal Edu. 511 (1992)
Philip G. Schrag & Michael Meltsner, Reflections on CLINICAL Legal Education, (1998), Scenes from a Clinic (1978), p81~90
7. 特に、コロンビア大学ロースクールが、全米に先駆けクリニカルプログラムの導入にするにあたり、当時、クリニシアンとして学生の指導にあたったPhilip G. Schrag と Michael Meltsnerのクリニカルプログラムの定着に向けての試行錯誤および努力の過程は前出4の書に詳しく紹介されている。

 

21世紀の弁護士業務の新しい価値創造:Transaction Engineering

20世紀に至るまで、主要な弁護士業務は訴訟業務であるというのが社会的な通念であった。

訴訟業務は当事者間の紛争を前提とするものであり、本来であれば生じない費用と時間の負担を当事者は強いられることになり、訴訟に巻き込まれる当事者にとっては、いわば負の意味を持っている。当事者間の紛争が、訴訟という法的手続きを経るにせよ、経ないにせよ終局的に当事者間で解決しても、当事者間においても訴訟が社会においても新しい価値を生み出すことは稀である。

しかし、20世紀終盤から社会の経済活動が複雑化、巨大化すると共に司法の枠外、特に企業活動において新しい法的な需要が発生してきた。技術革新による社会の急速な産業構造の変化に伴い、個人に代わり企業がこれまで以上に社会での存在意義を増してきた。一方、企業による経済活動を規制し、秩序立てる法律も必然的に複雑化し続けている。更に、20世紀終末からグローバル化の進展とともに国境を越えた企業活動が活発になり従来の国家の法的管轄権を根底から覆す事態も発生してきている。このような環境の下、企業活動を円滑に行うには従来と比べ格段に高い法的な対応能力が必要となってくる。特に、21世紀に入り、こうした企業からの新しいニーズに応えられる弁護士業務が社会から必要とされてきている。

企業は、様々な経済的取引を相手企業と私的に行っているが、それに伴い公的に様々な法的規制の制約を受けている。企業取引は信用リスク、経済変動リスク、競争リスク、技術革新リスク、訴訟リスク、法令変更リスク、天災地変リスク等様々なリスク環境の下に行われている。ここから企業において相当なリスク管理を行うことのできるよう20世紀末頃から予防法務の需要が起こってきた。弁護士が将来のリスクを未然に防ぎ、また合理的にリスクを管理する役割を果たすことが期待される。現実の業務としては、契約書の作成や交渉において、法令違反を防止し、将来予想されるリスクを管理し、防ぎ、最小化する。特にエンロン事件を契機とする各国でのいわゆるSOX法の制定、内部統制制度の導入により企業での法的なリスク管理が重要になってきたことも予防法務の企業での需要を高めている。

しかし、将来の損失を未然に防ぐことに重点が置かれるため、予防法務では、法的問題を発見することが期待され、将来の損失回避をするものの、その業務の性質上、企業活動のための積極的な価値が創造されているというわけではない。ある意味、弁護士の役割は保険のようなものであり、将来の損失回避のための保険料という認識をもされている。こうした弁護士業務も将来の紛争回避を念頭においているのであり、従来型の訴訟業務の延長線上にあると言えなくもない。多くの場合、弁護士は法的問題を指摘するのみであとはビジネス判断にゆだねるという態度をとる。

しかし、弁護士業務は、企業取引において予防法務以上の価値を創造する可能性があることに気付くべきである。企業取引は前述のように複雑で変化の激しい企業環境の下に行われる。企業はその中で利益を最大化し企業目的を達成しなければならない。様々な取引が他の企業との間で行われ、そのための契約が取り交わされる。ここで新しい弁護士業務として考えられ始めたのが、Transaction Engineeringという概念である。Engineeringとは工学分野での考え方だが、最近は金融工学という経済活動まで幅広く活用されるようになっている。このEngineeringとうい考え方を企業取引に係る法律業務に適用しようとするものである。企業取引には、勿論、簡単な法的構成で済まされるものもあるが、様々な法律が関与し、将来の経済環境の変動要素の大きい取引では、如何に複雑に関連する法律事項を組み入れ、契約や取引形態を最適化して構成する業務を弁護士が法的能力を駆使して主導するのである。

勿論、企業が行う取引の殆どすべては、定型的な取引であり契約内容も必ずしも複雑なものではない。しかし、様々な企業取引で、Transaction Engineeringの視点を取り入れることで企業に大きな収益機会を生み出すことができることが注目されるようになっている。特に、M&A、合弁事業、プロジェクトファイナンス、証券化取引、ベンチャーキャピタルファンド、不動産開発、金融商品開発などで、こうしたTransaction Engineeringの思想を取り入れた弁護士の役割が重視される。如何に契約を構成するのか?如何に取引主体の組織を構成するのか?それらの差異により、通常では実現不可能であった取引が可能になり、取引コストの大幅な引き下げの可能性も生まれ、また、取引より生じる経済価値が著しく増大させることができる。そこにおいては従来型の法廷弁護士業務や予防法務では考えられない新しい価値創造があるのである。Transaction Engineeringの能力を備えた弁護士は、新しい価値を企業に提供することができる。こうしたTransaction Engineeringを積極的に行う弁護士は着実に21世紀になり着実に増加しており、世界の主要な法律事務所はTransaction Engineeringへの対応能力を持ってきている。こうした価値の創造を可能にする能力が、競合する弁護士事務所の差別化につながってきている。

Transaction Engineeringができる弁護士の能力は従来型の法廷弁護士とは異質なものである。単なる法的知識だけでは、複雑なTransaction Engineeringは完成しない。関連するビジネスについての深い理解、会計、税務、経済学、統計学などの業際分野について知識やITリテラシーと理解力に加え、創造性、柔軟性、洞察力や取引をまとめ上げるための高いコミュニケーション能力や折衝能力も必須となるのである。当然、他の専門家たちと協働する能力や彼らとのパートナーシップ、いわゆるMultidisciplinary Practice ( “MDP”)もクライアントから要求されるであろう。更に、グローバル化した企業環境の中で、Transaction Engineeringを遂行していくためには、高い外国語能力に加え、複数の法領域についての理解も必要となる。弁護士事務所には、組織としてMultijurisdictional Practice (“MJP”)が求められる。勿論、こうしたTransaction Engineeringを行える能力をもつ弁護士や弁護士事務所の数は限られてくるであろうが、高い対価を支払っても彼らに対するクライアント企業からの需要は、今後、一層高まっていくであろう。

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